Mars&Jupiter おおくぼっちの屋根裏部屋へようこそ!

おおくぼっち(大久保っち)です。話題はハーバーフェルトトライベンや音楽、ウォーキング、城の魅力などです。

2009-11-01から1ヶ月間の記事一覧

ロワゼ・コンペールの「ああ善良なイエスよ」を聴く

昨日はウォーキングを休みました。 今回取り上げるのは1445年頃生まれのロワゼ・コンペールの作品。 生まれた場所については、はっきり分かっていない。 ミラノのスフォルツァ宮廷で歌手として活躍した。 その後フランスの宮廷やカンブレ、ドゥエで活躍した…

ギョーム・デュファイの「人には平和が最高のもの」を聴きながら二俣川から西谷まで歩く

昨日は二俣川から西谷まで歩きました。 途中聴いたのは1400年頃生まれのギョーム・デュファイの作品。 生まれた場所については不詳であるが、 1409年カンブレ大聖堂付属聖歌隊の少年聖歌隊員でとなった。 10代にはイタリアを中心に活躍し、1434年サヴォア公…

フィリップ・デ・モンテの「おお、優しさと甘さよ」を聴きながら昨日は横浜から和田町まで歩く

昨日は横浜から和田町まで歩きました。 途中聴いたのは1521年生まれのフィリップ・デ・モンテの作品。 フランドル地方のメヘレンに生まれた作曲家で、青年期はナポリで過ごし、 その後ローマやイングランドに滞在し、 生涯の後半35年間はハプスブルク家の、 …

フィリップ・ド・ロワイヤールの「シャルル王、ジャンの息子」を聴きながら三枚町から西谷まで歩く

昨日は三枚町から西谷駅まで歩きました。 今回とりあげるのは14世紀後半に活躍したフィリップ・ド・ロワイヤールの作品。 彼の名は「シャルル王、ジャンの息子」の作品のみで知られている作曲家で、 彼の生まれた場所や家柄など生涯に関しては、ほとんどわか…

希望が丘から三ツ境まで歩く、そしてベルナール・ド・クリュニーの「パンテオンは打ち壊され」を聴く

昨日は希望が丘から三ツ境まで歩き、違う道を使って二俣川まで歩きました。 今回とりあげるのは12世紀後半に活躍したベルナール・ド・クリュニーの作品。 彼は、ベネディクト派の修道士で、詩人で、作曲家である。 彼の生まれた場所や家柄そして受けた教育に…

フィリップ・ド・ヴィトリの「恥知らずにも歩き回った」を聴きながら

昨日は飲み会のためウォーキングを休みました。 今回とりあげるのは1291年に生まれたフィリップ・ド・ヴィトリの作品。 彼は、フランス王室に仕えた音楽理論家で、 彼の著書で1320年代に書かれた「アルス・ノヴァ」の題名が、 この時代の音楽を指す言葉にも…

アダン・ド・ラ・アルの「私の感じる甘き苦悩は」、「旦那の前で奥方様に」を聴きながら

昨日はウォーキングを休みました。 今回取り上げるのは1240年頃に生まれ、 1280年代後半または1300年頃没したアダン・ド・ラ・アルの作品。 彼は、「ロバンとマリオンの劇」の作品で有名な作曲家で、 最後のトゥルヴェールといわれ、シャンソンやロンドなど …

ピエール・フォンテーヌの「あなたを恋するゆえに(Pour vous tenir)」を聴く

昨日はウォーキングを休みました。 今回取り上げるのは1380年頃に生まれたフォンテーヌの作品。 ルーアンに生まれた彼は、ブルゴーニュ楽派に属し、 ブルゴーニュ公フィリップの聖歌隊の歌手として活動し、 ブルゴーニュ公国の宮廷で活躍した人物のようだ。 …

ジル・バンショワの「栄光と賛美とほまれとは」を聴きながら西谷から三枚町まで歩く

昨日は朝西谷駅から三枚町まで歩き、 夕方は三枚町から西谷駅まで歩きました。 途中聴いたのは1400年頃から1460年に活躍したジル・バンショワの作品。 彼は、1424年頃パリ駐在のイギリスのサフォーク伯に仕え、 若い時期に兵士であったともいわれている。 14…

ペロティヌス(ペロタン)の「かしらたちは集まりて」を聴きながら三枚町から西谷まで歩く

昨日は三枚町から西谷駅まで歩きました。 途中聴いたのは1200年前後に活躍したペロティヌス(ペロタン)の作品。 彼は、パリのノートル・ダム大聖堂を中心に活躍した人物である。 ノートル・ダム楽派を代表する作曲家の一人である。 彼の生涯については諸説…

横浜から星川まで歩く、そしてジャック・ヴィドの「わたしはとてもつらい」を聴く

昨日は横浜から星川駅まで歩きました。 昨日聴いたのは15世紀前半に活躍したジャック・ヴィドの作品。 ジャック・ヴィドは、ブリュージュ、ニヴェルの教会で活躍し、 その後ブルゴーニュ公フィリップ・ル・ボンの宮廷に仕えた人物である。 今回聴いたCDは…

レオニヌス(レオナン)の「地上のすべての国々は」を聴きながら片倉町から和田町まで歩く

昨日は片倉町から和田町駅まで歩きました。 昨日聴いたのは1163年から90年頃に活躍したレオニヌスの作品。 今日からはいよいよ中世・ルネサンスの声楽曲・合唱曲編に入る。 レオニヌスは、ノートル・ダム大聖堂で活躍した人物である。 ノートル・ダム楽派を…

西谷から三枚町まで歩く、そしてザムエル・シャイトのトッカータを聴く

昨日は三枚町から西谷駅まで歩きました。 昨日聴いたのは1587年頃に生まれたシャイトの作品。 バロック音楽の時期の作曲家であるが、 中世・ルネサンスの器楽曲・合奏曲編の最後としてとりあげたい。 ハレで生まれ、オルガンを学び、スウェーリンクに師事し…

ジャイルズ・ファーナビーの「アップ・テイルズ・オール」を聴きながら、横浜から星川まで歩く

昨日は片倉町から和田町まで歩きました。 途中聴いたのは1563年頃に生まれたファーナビーの作品。 ヴァージナル奏者として活躍したファーナビーは、 エリザベス1世時代の作曲家である。 1592年オクスフォード大学で学位を取得した彼の、 生涯に関する詳しい…

西谷から三枚町まで歩く、そしてジョン・マンディーのロビンを聴く

昨日は西谷駅から三枚町まで歩きました。 今回とりあげるのは1555年頃に生まれた、マンディーの作品。 彼はウィンザー聖ジョージ・チャペルのオルガン奏者として1585年以降活躍し、 オックスフォード大学からも音楽博士号を受けた作曲家である。 ロビンがい…

ジョン・ブルのパバーヌ、ガイヤルドを聴く

昨日はウォーキングを休みました。 今回とりあげるのは1562か1563年に生まれたジョン・ブルの作品。 彼はヘレフォード大聖堂の聖歌隊やロンドンの王室礼拝堂の少年聖歌隊として 幼い頃から活動し、ブリズマンやハンニスに師事したようである。 エリザベス1…

アントーニオ・ヴァレンテの「ラ・ロマネスカ」を聴きながら、横浜から星川まで歩く

昨日は横浜から星川駅まで歩きました。 途中聴いたのは15~16世紀頃に活躍したヴァレンテの作品。 幼い時期から視力を失った彼は、ナポリで活躍し、 サンタンジェロ・ア・ニーロ教会のオルガニストとして、 1565年から1580年まで仕えたようである。 「ラ・ロ…

西谷から三枚町まで、そしてヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンクのリチェルカーレ・ブレヴィスを聴く

昨日は二俣川から鶴ヶ峰駅まで歩きました。 今回からは、高校時代に買ったレコードの中から、 中世・ルネサンス音楽の器楽曲とその作曲家についてあげる。 今回とりあげるのは1562年に生まれたスウェーリンクの作品。 ネーデルラントで生まれた彼の一族には…

ハンス・ヴェックの「スペインのバハ・ダンス(ラ・スパーニャ)」を聴く

昨日やっと仕事を終えて、沖縄から帰ってきました。 やっとブログを今日から再開ということになります。 今回とりあげるのは15~16世紀頃に活躍したハンス・ヴェックの作品。 彼はオルガニストとして活躍した作曲家のようだが、 生涯に関する情報はほとんど…

ヤコブ・オブレヒトの「そこに少女がいた」を聴きながら西谷から三枚町まで歩く

昨日は西谷駅から三枚町まで歩きました。 明日から事情で数日間ブログを書くことができないので、 中世・ルネサンス音楽の室内楽曲・器楽曲編で紹介する曲もあと少しだが、 ブログはしばらくの間、お休みとなるだろう。 途中聴いたのは1450年頃に生まれたオ…

パウル・ホーフハイマーの「私のただ、‥‥人の親愛なるアンよ」を聴く

昨日は忙しく、ウィーキングを休みました。 昨日聴いたのは1459年頃に生まれたホーフハイマーの作品。 彼はオルガニストとして活躍したオーストリアの作曲家で、 インスブルックのマキシミリアン1世の宮廷に仕え、 1552年以降はザルツブルク大聖堂のオルガ…

ルートヴィヒ・ゼンフルの「哀歌」と「アルブレヒトよ、私の心は重く」を聴きながら三枚町から西谷まで歩く

昨日は三枚町から西谷駅まで歩きました。 昨日聴いたのは1486年頃に生まれたゼンフルの作品。 マキシミリアン1世の宮廷に仕え、 イザーク後継者として宮廷作曲家となった。 のちミュンヘンでも活躍した作曲家である。 「哀歌」と「アルブレヒトよ、私の心は…

ハインリヒ・フィンクの「泣き虫や口うるさい連中」を聴きながら中山から鶴ヶ峰まで歩く

昨日は中山から鶴ヶ峰まで歩きました。 途中聴いたのは1445年頃に生まれたフィンクの作品。 ライプチヒで学んだ彼は、シュトゥットガルト、インスブルック、 ザルツブルク、ウィーンなどで要職に就いたようだ。 「泣き虫や口うるさい連中」の作曲年代は詳し…

ハインリヒ・イザークの「我思うに」を聴きながら

昨日はウォーキングを休みました。 途中聴いたのは1450年頃に生まれたイザークの作品。 フランドル地方に生まれた彼は、 1485年から1494年にかけてフィレンツェのメディチ家に仕え、 その後はマクシミリアン1世の宮廷で活躍した作曲家である。 「我思うに」…

ヤコポ・ダ・ボローニャの「気高い鷲」を聴きながら、川和町から鶴ヶ峰まで歩く

長野に久しぶりに帰った土曜日、 長野駅に着いた時、感じたのは長野の空気、 それを吸って懐かしいなあと思った感覚。 それからゆったり流れる川の流れを丹波島橋の上から見ても 変わらないものに安堵する自分の姿があった。 変わるものもあるが、変わらない…

ギョーム・ド・マショーの「恥ずかしさ、恐れ」を聴きながら、善光寺から中御所まで歩く

昨日は善光寺から中御所まで歩きました。 高校の同窓会があったため、横浜から高速バスで長野まで行き、 12時近くに着いたので、昔高校時代の担任の先生のいる場所まで歩いて訪ね、 話をしたあと、善光寺に寄って中御所まで歩き、 中学校時代の友人の家を訪…