Mars&Jupiter おおくぼっちの屋根裏部屋へようこそ!

おおくぼっち(大久保っち)です。話題はハーバーフェルトトライベンや音楽、ウォーキング、城の魅力などです。

2009-09-01から1ヶ月間の記事一覧

ヴァレンティン・ハンスマンのタンツ、パヴァーンなどを聴きながら三枚町から西谷まで歩く

昨日は三枚町から西谷駅まで歩きました。 途中聴いたのは1565年頃に生まれたハンスマンの作品。 彼は、ドイツの同姓同名の5人の音楽一家のうちの一人のようだが、 生涯についての詳しいことはわかっていない人物である。 世俗歌曲集や器楽のための舞曲集を…

アントニー・ホルボーンのパヴァーン「葬列」などを聴きながら三枚町から西谷まで歩く

昨日は三枚町から西谷駅まで歩きました。 途中聴いたのは1545年頃に生まれたホルボーンの作品。 彼は、ジェントルマンの階級にある作曲家で、 リュート、シターン、パンドーラの名手であり、 当時エリザベス1世に仕えていたようである。 リュートのための独…

マリオ・ファブリチオ・カローソの「棚」、「天国のゆり」を聴きながら横浜から和田町まで歩く

昨日は横浜から和田町まで歩きました。 途中聴いたのは1526年頃に生まれたカローソの作品。 イタリアの舞踏教師であった彼は、1581年に『舞踏家』、 1600年に『婦人の高貴さ(Nobilta de dame)』を出版し、 そこにステップや作法を挿絵入りで解説したことで有…

シモーネ・モリナーロのサルタレルロとオルランド伯爵のバッロを聴きながら横浜から和田町まで歩く

昨日は横浜から和田町駅まで歩きました。 途中聴いたのは1565年頃に生まれたモリナーロの作品。 ジェノヴァに生まれの彼は、サン・ロレンツォ教会の楽長であった伯父に学び のちのその教会の楽長の地位を手に入れるようになった。 宗教曲やマドリガーレ以外…

ハンス・ノイジドラーの「ユダヤ人の踊り」とイタリア舞曲「ヴァッシャ・メザ」を聴く

昨日は夕方病院に通わなければならずウォーキングを休みました。 今回とりあげるのは1508年もしくは1509年生まれのノイジドラーの作品。 彼は、ブラチスラヴァ(プレスブルク)に生まれ、 1530年からはアウクスブルクで活躍したことが、 歴史上の記録からわ…

エラスムス・ヴィートマンの「音楽の徳の鏡」を聴きながら、三枚町から西谷まで歩く

昨日は三枚町から西谷駅まで歩きました。 途中聴いたのは1572年生まれのヴィートマンの作品。 エラスムス・ヴィートマンは、シュヴェービッシュ・ハルに生まれ、 オルガニスト兼作曲家として活躍した。 生い立ちについてはよく分かっていないが、 オルガニス…

ウィリアム・ブレードの「ハンブルク市参事会の音楽」を聴きながら、赤坂見附から渋谷まで歩く

昨日は赤坂見附から渋谷駅まで歩きました。 カーサ・クラシカでの昼のライブのあと、 246号線に沿って歩いてみました。 途中聴いたのは1560年生まれのウィリアム・ブレードの作品。 イギリス出身の彼は、ヴァイオリン奏者、ガンバ奏者として活躍した。 後期…

ミヒャエル・プレトリウスの舞曲集「テルプシコーレ」を聴きながら横浜から星川駅まで歩く

昨日は横浜から星川駅まで歩きました。 途中聴いたのは1571年に生まれたプレトリウスの作品。 クロイツブルクに生まれた彼は、 フランクフルトでオルガン奏者として活動し、 ヴォルフェンビュッテルやザクセンの宮廷に仕えた。 ヴェネツィア楽派の様式などを…

ジョヴァンニ・ガブリエリの第12旋法による8声のカンツォーナを聴きながら中目黒から渋谷まで歩く

昨日は中目黒駅から渋谷のバルキーニョのお店まで歩きました。 途中聴いたのは1553年頃に生まれたジョヴァンニ・ガブリエリの作品。 ヴェネツィアに生まれた彼は叔父アンドレーアからの音楽教育を受け、 ミュンヘンに留学したあとヴェネツィアに戻り、 聖マ…

ジョン・ダウランドの「ラクリメあるいは7つの涙」を聴きながら関内から天王町まで歩く

昨日は関内から天王町駅まで歩きました。 伊勢佐木町から野毛坂付近を経由して平沼商店街を通り、 西横浜駅まで行き、そこから水道道で天王町まで歩きました。 途中聴いたのは1563年に生まれたダウランドの作品。 いよいよ今回からは古代・中世・ルネサンス…

フランシスコ・アントニオ・アルメイダのオラトリオ「ジュディッタ」を聴きながら二俣川から緑園都市まで

昨日は二俣川から緑園都市駅まで歩きました。 途中聴いたのは1702年頃に生まれたアルメイダの作品。 ポルトガルの作曲家である彼は、イタリア音楽を学ばせる目的で、 1720年頃国王ジョアン5世がローマに派遣した奨学生の一人である。 1726年までローマに滞…

アレクサンドロ・グランディの「おお、汝らみな」を聴きながら

昨日は飲み会があり、ウォーキングは休みました。 今回とりあげるのは1575年もしくは1580年頃に生まれたグランディの作品。 フェラーラもしくはシチリアに生まれと考えられている彼は、 1597年から1617年の間はフェラーラに住み、 1615年からはフェラーラ市…

イグナツィオ・ドナーティの「主よ、われ汝に望みをかけぬ」を聴きながら三枚町から西谷まで歩く

昨日は三枚町から西谷駅まで歩きました。 二俣川で飲み会があったため、 その待ち合わせの時間に間に合うようなペースで歩いた。 久しぶりに会った卒業生たちとの飲み会は楽しく、 あっという間に時間が過ぎたという感じがする。 みんな元気そうというか、頑…

ジャン=バティスト・リュリのコメディー・バレ「町人貴族」の音楽を聴きながら西谷から三枚町まで歩く

昨日は西谷駅から三枚町まで歩きました。 途中聴いたのは1632年生まれのリュリの作品。 フィレンツェで粉屋の息子として生まれた彼は、 フランシスコ会の修道士からギターを学んだようだ。 フランス貴族のロジェがイタリア旅行から帰国の際に彼は、 フランス…

ジャン=フィリップ・ラモーの歌劇「ピグマリオン」を聴きながら二俣川から三ツ境まで歩く

昨日は二俣川から三ツ境駅まで歩きました。 途中聴いたのは1683年生まれのラモーの作品。 彼の略歴については、協奏曲・管弦楽曲編で触れたので省略する。 「ピグマリオン」は、1748年に初演された一幕もののバレ付きオペラである。 登場人物はピグマリオン…

ジローラモ・フレスコバルディの「音楽の花束」の「主日のミサ」を聴きながら三枚町から西谷まで歩く

昨日は三枚町から西谷駅まで歩きました。 途中聴いたのは1583年に生まれたフレスコバルディの作品。 彼の略歴については、器楽曲・室内楽曲編で触れたので省略する。 「音楽の花束」は、1635年に作曲されたオルガン・ミサ曲集である。 その第1巻にあたるの…

ケルビーノ・ブザッティの「よき牧者は蘇り給えり」を聴きながら

昨日は飲み会のためウォーキングは休みました。 昨日聴いたのは1600年頃に生まれたブザッティの作品。 彼については、1638年にヴェネツィアのサン・セバスティアーノ教会で、 オルガニストを務めていたこと以外は、よく知られていない。 作品の多くは失われ…

エルコーレ・ポルタの「心をば神に捧げん」を聴きながら、三枚町から西谷まで歩く

昨日は三枚町から西谷駅まで歩きました。 歩き始めはよかったが、その間や二俣川でどしゃぶりにあい、 だいぶ衣服が濡れてしまい、さんざんな目にあった。 途中聴いたのは1585年生まれのポルタの作品。 ボローニャに生まれた彼は、1609年から1620年の間、 サ…

ヨハン・シェッレの「Das ist mir lieb」を聴きながら、三枚町から西谷まで歩く

昨日は三枚町から西谷駅まで歩きました。 途中聴いたのは1648年生まれのシェッレの作品である。 彼は1657年にヴォルフェンビュッテル公爵の楽団で、 楽長として活躍していたハインリヒ・シュッツの推薦により合唱団員となり、 1665年から1667年にはライプチ…

ハインリヒ・アルベルトの「音楽によるかぼちゃ小屋」を聴きながら、三枚町から西谷まで歩く

昨日は三枚町から西谷駅まで歩きました。 途中聴いたのは1604年生まれのアルベルトの作品である。 中部ドイツのローベンシュタインの名門の家に生まれた彼は、 少年時代には専門の音楽教育を受けることはなかったが、 ギムナジウムを1622年にやめてからは、…

ヴィンチェンツォ・カレスターニの「とても美しいお嬢さん」を聴く

昨日は飲み会があり、ウォーキングを休みました。 今回とりあげるのは1589年生まれのカレスターニの作品である。 ピサに住んだ彼は、当地の名家マスティアーニ家の音楽教師を務めた。 現存する唯一の作品集マドリガーレ集第1巻は、 同家の娘イザベラに献呈さ…

ジョヴァンニ・デル・トゥルコの「美しい瞳よ」を聴きながら、鶴ヶ峰から二俣川まで歩く

昨日は鶴ヶ峰駅から二俣川まで歩きました。 途中聴いたのは1577年にイタリアで生まれた ジョヴァンニ・デル・トゥルコの作品である。 フィレンツェの名家出身の彼は、当地のカメラータの運動に関わった。 カメラータというのは古代ギリシアの音楽に戻ろうと…

三枚町から西谷まで歩く、そしてセバスティアン・クニュプファーの「おお、主よ、我を罰することなかれ」

昨日は三枚町から西谷駅まで歩きました。 今回とりあげるのは1633年生まれのクニュプファーの作品である。 彼は、ボヘミアのアッシュのオルガン奏者であった父、 トーマス・クニュプファーに最初の音楽教育を受けたようである。 1646年から1654年の間にはレ…

西横浜から桜木町まで歩く、そしてフランチェスコ・ラージの「無駄なこと」を聴く

昨日は西横浜から桜木町まで歩きました。 桜木町に向かう間に通過した平沼商店街では、 琉球舞踊と太鼓の音が響き渡っていた。 そのイベントをゆっくり味わう時間の余裕はなく桜木町に向かった。 今回とりあげるのは1574年生まれのラージの作品である。 カッ…

ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルの『マカベウスのユダ』を聴きながら、二俣川から緑園都市まで歩く

昨日も二俣川から緑園都市駅まで歩きました。 何か寒気がするなあと思い、体温を測ったら高熱だったので、 これはまずいと思い、解熱剤を飲んで休みました。 幸い熱は下がり、一安心した今朝でした。 途中聴いたのは1685年生まれのヘンデルの作品である。 彼…

ヤン・ディスマス・ゼレンカの『神の御子のミサ曲』ZWV.20を聴きながら、星川から横浜まで歩く

昨夜は横浜で飲み会があったので、星川駅から横浜まで歩きました。 居酒屋で地酒などを飲んで、ゴキゲンな気分になったが、 今日の朝は、その影響を引きずってしまい、 昼頃まで体調はつらかったのでちょっと反省。 途中聴いたのは1679年に生まれたゼレンカ…

ヤーコポ・ペーリの「ああ鉄のようなつれなさよ」を聴きながら、三枚町から西谷まで歩く

昨日も三枚町から西谷駅まで歩きました。 途中聴いたのは1561年に生まれたペーリの作品である。 ローマで生まれたであろうと考えられている彼は、 フィレンツェで音楽を学び、メディチ家の宮廷で活躍したようだ。 歌手・鍵盤楽器奏者として活動し始めた彼は…

クラウディオ・サラチーニの「この愛この渇き」を聴きながら、三枚町から西谷まで歩く

昨日は、三枚町から西谷駅まで歩きました。 途中聴いたのは1686年頃生まれたサラチーニの作品である。 シエナの有力な貴族であった彼は、音楽をたしなみ、 ディンディアとならぶモノディの大家として、 プロの音楽家とも肩を並べることができるくらいに名曲…

シジスモンド・ディンディアの「つれないアマリッリ」を聴きながら、三枚町から西谷まで歩く

昨日は、三枚町から西谷駅まで歩きました。 途中聴いたのは1682年頃生まれたディンディアの作品である。 シチリアで生まれたであろうとされている彼は、 イタリアの各地域を広く旅をして活躍した人物で、 トリノでサヴォア公カルロ・エマヌエレ1世に仕えた…

ヨハン・セバスティアン・バッハのマニフィカートニ長調BWV.243を聴く、そして台風の日

昨日は台風のため、ウォーキングは休みました。 今回取り上げるのは1685年生まれのバッハの作品である。 ヨハン・セバスティアン・バッハはあまりにも有名な作曲家なので、 彼の経歴については、説明を省略する。 マニフィカートニ長調BWV.243は1732年に作曲…