Mars&Jupiter おおくぼっちの屋根裏部屋へようこそ!

おおくぼっち(大久保っち)です。話題はハーバーフェルトトライベンや音楽、ウォーキング、城の魅力などです。

2008-11-01から1ヶ月間の記事一覧

ウィリアム・アルウィンの交響曲第2番を聴きながら希望が丘から鶴ヶ峰まで歩く

昨日は希望が丘から鶴ヶ峰駅まで歩きました。 途中聴いたのは1905年生まれのアルウィンの作品。 彼の略歴については、器楽曲・室内楽曲編で触れたので省略する。 交響曲第2番は、1953年に作曲された単一楽章制の作品である。 とはいえ、大きく2つの部分に…

マルコム・アーノルドの交響曲第3番と交響曲第4番を聴きながら二俣川から三ツ境まで歩く

昨日は二俣川から三ツ境駅まで歩きました。 途中聴いたのは1921年生まれのアーノルドの作品。 彼の略歴については、管弦楽曲編で触れたので省略する。 交響曲第3番作品63は、1954年から1957年にかけて作曲された。 王立リヴァプール・フィルハーモニー協会…

グランヴィル・バントックのヘブリディーズ交響曲、そして横浜から星川まで歩く

昨日は横浜から星川駅まで歩きました。 昨日聴いたのは1868年ロンドン生まれのバントックの作品。 彼は、トリニティ音楽院でゴードン・サウンダーズに学び、 その後は王立音楽院で、フレデリック・コーダーに師事した。 バーミンガム・ミッドランド音楽院の…

マイケル・ティペットの交響曲第1番を聴きながら二俣川から西谷まで歩く

昨日は二俣川から西谷駅まで歩きました。 途中聴いたのは1905年生まれのティペットの作品。 彼の略歴については管弦楽編で触れたので省略する。 交響曲第1番は1944年から1945年にかけて作曲された。 初演は1945年11月にマルコム・サージェントの指揮、 リヴ…

ハヴァーガル・ブライアンの交響曲第3番嬰ハ短調作品25を聴きながら二俣川から鶴ヶ峰まで歩く

昨日は二俣川から鶴ヶ峰駅まで歩きました。 途中聴いたのは1876年生まれのブライアンの作品。 彼の略歴については管弦楽編で触れたので省略する。 CDの解説によると、交響曲第3番嬰ハ短調作品25は、 1931年5月頃から作曲にとりかかったようで、 当初はピ…

ロバート・シンプソンの交響曲第3番を聴きながら

昨日は夜にかけ雨が激しく降ったため、ウォーキングを休みました。 昨日聴いたのはロバート・シンプソンの作品。 彼はウォリックシャーのレミントン・スパに1921年生まれ、 ハーバート・ハウエルズに和声学と対位法を学んだ。 BBCの音楽プロデューサーを…

アラン・ロースソーンの交響曲第1番を聴きながら横浜から星川まで歩く

昨日は横浜から星川駅まで歩きました。 途中聴いたのは1905年生まれのアラン・ロースソーンの作品。 彼の略歴については器楽曲・室内楽曲編で触れたので省略する。 交響曲第1番は、1950年に作曲された作品である。 ロイヤル・フィルハーモニー協会に委嘱さ…

グスターヴ・ホルストの交響曲ヘ長調「コッツウォルズ」作品8を聴きながら横浜から星川まで

昨日は横浜から星川駅まで歩きました。 途中聴いたのは1874年生まれのグスターヴ・ホルストの作品。 交響曲ヘ長調「コッツウォルズ」作品8は、 1899年から1900年の間に作曲された作品である。 1900年7月24日に完成し、1902年4月24日に初演された。 ボーン…

ピーター・マックスウェル・デイヴィスの交響曲第1番を聴きながら星川から西谷まで歩く

昨日は二俣川から西谷駅まで歩きました。 途中聴いたのは1934年にグレーター・マンチェスターの サルフォード市で生まれたピーター・マックスウェル・デイヴィスの作品。 若い時期からピアノと作曲を学び、マンチェスター大学と、 王立マンチェスター音楽院…

アーネスト・ジョン・モーランの交響曲ト短調を聴きながら星川から横浜まで

昨日は星川駅から横浜まで歩きました。 途中聴いたのは1894年生まれのモーランの作品。 今回からは交響曲イギリス編の補足に入る。 略歴については管弦楽曲編で触れたので省略する。 交響曲ト短調は、CDの解説書によれば、 1926年から作曲家で指揮者でもあ…

芥川也寸志のエローラ交響曲、後藤香織さんの演奏会、泉谷しげるの春夏秋冬、そして横浜から山下公園まで

昨日は横浜から山下公園近くの県民ホールまで歩きました。 後藤香織さんの30th Anniversary Concert 2008に かつての同僚Fさんからお誘いを受けて聴きにいきました。 自分の歳に合わせて29曲オルガンとピアノを演奏する 彼女のパワフルな精神力もなかなかで…

別宮貞雄の交響曲第1番を聴きながら、二俣川から鶴ヶ峰まで歩く

昨日は二俣川から鶴ヶ峰駅まで歩きました。 途中聴いたのは1922年東京生まれの別宮貞雄の作品。 彼は東京帝国大学理学部物理学科に進み、 物理学者と目指していたが、作曲家としての夢も持っており、 1943年からは池内友次郎に作曲を学んだ。 1946年からは新…

松村貞三の交響曲(交響曲第1番)を聴きながら、二俣川から弥生台まで歩く

昨日は二俣川から弥生台駅まで歩きました。 途中聴いたのは1929年生まれの松村貞三の作品。 彼の略歴については器楽曲・室内楽曲編で触れたので省略する。 交響曲(交響曲第1番)は、1953年作曲された。 新日本フィルハーモニー交響楽団から委嘱を受けて作曲…

大木正夫の交響曲第5番「ヒロシマ」を聴きながら、横浜から星川まで歩く

昨日は横浜から星川駅まで歩きました。 途中聴いたのは1901年生まれの大木正夫の作品。 彼の略歴については管弦楽曲編で触れたので省略する。 交響曲第5番「ヒロシマ」は、1953年作曲された。 「序奏」は時間が過ぎていくような時の刻みが表現され、 原爆に…

柴田南雄のシンフォニアを聴きながら、横浜から和田町まで歩く

昨日は和田町から横浜まで歩き、 そのあと横浜から和田町まで歩きました。 途中聴いたのは1916年生まれの柴田南雄の作品。 略歴については以前、器楽曲・室内楽曲編で触れたので省略する。 シンフォニアは、日本フィルの委嘱により、1960年作曲された。 全体…

矢代秋雄の交響曲を聴きながら、希望が丘から三ツ境まで歩く

昨日は希望が丘から三ツ境駅まで歩き、帰りは二俣川まで歩きました。 途中聴いたのは1929年生まれの矢代秋雄の交響曲。 今回からは交響曲日本編の補足をしたい。 東京で生まれた矢代秋雄は、5歳からピアノを学び、 10歳から諸井三郎に師事し、その4年後に…

ヴィトルド・ルトスワフスキの交響曲第1番を聴きながら、二俣川から鶴ヶ峰まで歩く

昨日は二俣川から鶴ヶ峰駅まで歩きました。 途中聴いたのは1913年生まれのルトスワフスキの交響曲。 ワルシャワに生まれた彼は、ワルシャワ音楽院で学んで卒業後は、 1954年に代表作の一つ、管弦楽の協奏曲を作曲した。 国際現代音楽協会の委員として務め、1…

ヤン・ヴァーツラフ・ヴィオジーシェクの交響曲ニ長調作品24とnish(ニッシュ)

昨日はウォーキングを休みました。 夜は横浜のnish(ニッシュ)で食事。 ここのチョップサラダはおいしいし、ドレッシングがいい。 かぼちゃのミルクニョッキもおいしかったのである。 今回とりあげるのは1791年生まれのヴィオジーシェクの交響曲。 ヴィ…

アンジェイ・パヌフニクのシンフォニア・ヴォティーヴァ(交響曲第8番)を聴きながら、横浜から星川まで

昨日は横浜から星川駅まで歩きました。 今回とりあげるのは1914年生まれのパヌフニクの交響曲。 パヌフニクはポーランドに生まれ、ワルシャワ、ウィーン、 パリで学び、その後ポーランドで活躍したが、 1954年にはイギリスにわたり、帰化した。 シンフォニア…

ラファエル・クーベリックの三楽章の交響曲「オルフィコン」を聴きながら

昨日はウォーキングを休みました。 今回とりあげるのは1914年生まれのクーベリックの交響曲。 クーベリックはプラハ音楽院でヴァイオリン、作曲、 指揮法を学び、卒業後チェコ・フィルを指揮してデビューし、 チェコ・フィルの常任指揮者となる。 チェコの共…

ヘンリク・グレツキの交響曲第2番「コペルニクス党」を聴きながら横浜から和田町まで歩く

昨日は横浜から和田町駅まで歩きました。 途中聴いたのは1931年生まれのグレツキの交響曲。 ポーランド南部のチェルニツァで12月6日に生まれた彼は、 カトヴィツェの音楽学校(現カトヴィツェ音楽院)で 1955年から1960年の間本格的に作曲を学び、 1958年に…

ズデニック・フィビヒ(フィビフ)の交響曲第1番ヘ長調作品17を聴きながら東京駅から茗荷谷駅まで歩く

昨日は東京駅から茗荷谷駅まで歩きました。 お茶ノ水大学の学園祭に行き、講堂に向かい、 教え子が主役を演じるモーツアルトの「フィガロの結婚」を聴きにいく。 家を出る前にカール・ベーム指揮による映像を見たので、 あらすじは分かったので観ていても分…

ジョルジュ・エネスコの交響曲第3番ハ長調作品21を聴きながら二俣川から西谷まで歩く

昨日は二俣川から西谷まで歩きました。 途中聴いたのは1881年生まれのエネスコの交響曲。 ルーマニアで生まれた彼は、7歳でウィーン音楽院に入り、 ヨーゼフ・ヘルメスベルガーなどに師事し、 その後フランスに行き、パリ音楽院でヴァイオリンを学び、 作曲…

ヤン・エンゲルの交響曲ロ長調、交響曲ニ短調を聴きながら二俣川から鶴ヶ峰まで歩く

「18世紀のポーランドの交響曲集第4巻」のCDで、 もう一つあげておく作曲家にヤン・エンゲルがいる。 ヤン・エンゲルが、何年に生まれたかはわからないが、 1778年に亡くなっていることは分かっている。 ワルシャワ中心に、1770年代中心に活躍した作曲家…

ヨゼフ・スークのアスラエル交響曲ハ短調作品27を聴きながら二俣川から鶴ヶ峰まで歩く

昨日は二俣川から鶴ヶ峰駅まで歩きました。 途中聴いたのは1874年生まれのスークの交響曲。 プラハ音楽院でドヴォルザークに師事し、 ドヴォルザークの娘オティリエと結婚している。 アスラエル交響曲ハ短調作品27は1905年から 1906年にかけて作曲された交響…

アントニオ・ロゼッティの交響曲変ホ長調と交響曲ト短調、そして洋食亭「ブラームス」

昨日はウォーキングをお休みしました。 夕方は横浜ルミネの洋食亭「ブラームス」で夕食をとる。 それにしてもここのデミグラスソースはうまい。 付け合せの野菜もうまいし、トータルの味で満足できる。 別に店内にブラームスの曲が流れているわけではない。 …

ヤコブ(ヤクブ)・パウロウスキの交響曲ヘ長調、交響曲ロ長調を聴きながら二俣川から西谷まで歩く

こんなCDいつ買っていたのかなあということはよくある。 エミール・ムリナルスキのCDもそうだったが、オリンピアから発売された 今回聴いている「18世紀のポーランドの交響曲集第4巻」もそうである。 とはいえ、私が持っているのはこの第4巻のCDのみ…

ミキス・テオドラキスの交響曲第3番を聴きながら二俣川から西谷まで歩く

昨日は二俣川から西谷駅まで歩きました。 途中聴いたのは1925年生まれのテオドラキスの交響曲。 彼は、ギリシアのキオス島に生まれ、アテネ音楽院で学び、 その後パリ音楽院で学び、メシアンに師事したようだ。 交響曲第3番は1981年に作曲された作品で、 合…

ベトルジハ・スメタナ、勝利の交響曲ホ長調作品6を聴きながら西谷から二俣川まで歩く

昨日は西谷駅から二俣川まで歩きました。 途中聴いたのは1824年チェコ生まれのスメタナの交響曲。 スメタナは、ボヘミアのリトミシュルに生まれ、 父親はビールの醸造技師であったようだが、 若いころから、ピアノとヴァイオリンを学び、 父は反対したが、プ…

エミール・ムリナルスキの交響曲ヘ長調作品14「ポロニア」を聴きながら横浜から和田町まで歩く

昨日は横浜から和田町まで歩きました。 本日からは、イタリア・スペイン・ポルトガル編を 終わりにして、東欧編の補足に入る。 途中聴いたのは1870年ポーランド生まれの ムリナルスキ(MLYNARSKI)の交響曲である。 ムリナルスキは、ポーランド北部のスワウキ…