先週から続いている風邪が治らないので、
仕方なく今日は医者に行った。
朝方から夕方まで咳が止まらず続き、
午後くらいになると花粉症によるくしゃみも続く。
咳が1週間近く続くのは確かにまずい。
しかし、この時期二俣川のクリニックも
患者が多いせいか2時間半くらい待たされた。
帰る途中に買い物ついでに希望ヶ丘まで行き、
そこから二俣川まで歩いた。
今日は風邪を治すことを優先し、
あまり長い距離歩くのは避けた。
ただ、二俣川から希望ヶ丘までの道は、
途中県立公文書館のある場所を経由し、
住宅街を抜けて東希望ヶ丘へ出て、
その後厚木街道に平行して沿っている道を歩いた。
こうして、よく車などで通過する厚木街道を
裏側から見ながら歩くのも不思議なもので、
やはり自分が知っている世界というのは、
ごくごく一部でしかないなと実感するのであった。
今日聴いた曲はツェムリンスキーの交響曲第2番である。
高校生の時にFM放送でハンス・ツェンダーの指揮で、
1楽章だけ流れていたのを録音して何度も聴いていたが、
最近は録音されたいくつかの盤が出ている。
1楽章だけ聴いてもロマンティックな作品であることがわかる。
一部ドヴォルザークっぽい部分もあり、
全体的には(特に4楽章)ブラームスの影響を強く感じる。
この交響曲よりは一般的には叙情交響曲が有名だが、
これはマーラーの「大地の歌」とスタイルは似ているんだなあ。
当時の音楽家には影響力のあった作曲家ではあるが、
しばらく、忘れ去られていた作曲家だったと思う。
人間は過去を忘却することで未来に生きていけるのだろう。
つらい想い出は忘却することで過去から解放されるのでいいが、
有名になった人物は時の人として過去に封印され、
人々の記憶からは消されてしまうんだなあと思う。