ファーディ・グローフェのピアノ協奏曲を聴きながら、二俣川から鶴ヶ峰駅まで歩く
昨日は、二俣川から鶴ヶ峰駅まで歩きました。
途中聴いたのは1892年生まれのグローフェの作品。
今回から協奏曲の紹介はアメリカ編に入る。
グローフェは、組曲「グランドキャニオン」で
あまりにも有名な作曲家なので略歴は省略する。
ピアノ協奏曲は1960年に作曲された。
曲の構想自体は30歳代の初めからあったようだ。
作品はプエルトリコ出身のピアニストである、
ヘスス・マリア・サンロマに献呈されており、
今回聴いたCDは、そのサンロマのピアノ、作曲者自身の指揮、
ロチェスター・フィルハーモニー管弦楽団の演奏によるCDである。
曲は一楽章制で作られているようだ。
冒頭から短調で、シリアスな感じである。
その一方でラフマニノフなどの作曲家を想起させるように、
叙情的で、ロシア風な部分があるので、
これがグローフェの作品であるということは、
言われないとわからないと言うところがある。
自由な形式で書かれており、最後に冒頭の部分が再現され、
華やかな感じで終わる部分はいかにもグローフェらしい。
途中聴いたのは1892年生まれのグローフェの作品。
今回から協奏曲の紹介はアメリカ編に入る。
グローフェは、組曲「グランドキャニオン」で
あまりにも有名な作曲家なので略歴は省略する。
ピアノ協奏曲は1960年に作曲された。
曲の構想自体は30歳代の初めからあったようだ。
作品はプエルトリコ出身のピアニストである、
ヘスス・マリア・サンロマに献呈されており、
今回聴いたCDは、そのサンロマのピアノ、作曲者自身の指揮、
ロチェスター・フィルハーモニー管弦楽団の演奏によるCDである。
曲は一楽章制で作られているようだ。
冒頭から短調で、シリアスな感じである。
その一方でラフマニノフなどの作曲家を想起させるように、
叙情的で、ロシア風な部分があるので、
これがグローフェの作品であるということは、
言われないとわからないと言うところがある。
自由な形式で書かれており、最後に冒頭の部分が再現され、
華やかな感じで終わる部分はいかにもグローフェらしい。